会津駄菓子とは
本店 イメージ
本店 本家長門屋は、その昔、会津の殿様からから庶民のお菓子を作れとの命を受けたのが菓子作りのはじまりです。
嘉永元年(1848年)創業以来、五代150年余にわたり菓子作りに励んでおります。
嘉永五年発行の城下町職別番付表「会津五副対」
当店は、菓子司に記載された店のうち、今も連綿と商いを続けている唯一の店です。
菓子司の部に、長門屋の名前がみられます。


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「会津五副対」
嘉永五年に発行された五幅対(若松緑高名五幅対・三幅対)。
当時の酒屋・味噌屋・宿屋・菓子屋などの各業種、書画・能芸などの文化人、鍛冶・蒔絵師などの工人、各種の名産名物が
ベスト5、ベスト3で記されています。
☆駄菓子って何? イメージ
駄菓子は、麦・ひえ・あわ・豆・くず米などの穀類に、飴・黒砂糖などをあしらって作った、日本独特の風土につちかわれた菓子をいいます。会津の駄菓子は、江戸の流れをくむもので、形は大きく腹持ちします。また、会津は、盆地で寒冷地のため、かみしめる菓子が多く作られています。長門屋では、昔と変わらぬつくりかたで、良い材料を選び抜き、味・色・形のどれをとっても本物を受け継いであります。
☆駄菓子の種類は?
とり飴、だるま飴、金花(きんか)糖、黄粉(きなこ)ねじり、あんこ玉、黒パン、ちそぱん、カリン糖などがあります。季節によっても異なりますが、常時40種類ほど取り揃えております。
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☆駄菓子の歴史って? イメージ
江戸時代、大名・武士・豪商の食べる白砂糖を使った上菓子に対し、庶民の食べていたのは安い黒砂糖を使った駄菓子でした。上菓子を売る店では駄菓子を置かず、庶民・子供相手の菓子屋がそれを置いていたので、駄菓子屋と呼ばれました。体に優しく、栄養価の高いおやつとして、長い間人々に親しまれ続けています。
☆駄菓子資料館には何があるの?
駄菓子屋の店先には、お菓子と一緒におもちゃが並べられていました。子供にとって駄菓子屋は、楽しいたまり場だったのです。会津駄菓子資料館には、江戸時代からの菓子製造道具や、昭和20年代・30年代のおもちゃが展示されております。直接手で触れて遊べるコーナーもあります。
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